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ロードレースはきっと、もっと面白い。
先日、ワイズカップに参加してきました。
サポートライダーとして、国内プロチームである那須ブラーゼンの佐野選手チームUKYOの畑中選手が伴走しており、短時間ながら両選手の走りを真後ろから見ることもできました。

しかし、あの会場で彼らを知っている人は一体どれほどいたのか、とふと疑問に思うのです。
もちろん国内レースにも熱心なファンが一定の量います。
しかし、大多数のロード乗りが新城選手、別府選手の二人程度しか注目していないであろうことは容易に予想できます。
つまり、大多数のロード乗りにとっては「ネットで見たことある国内プロチームの某選手」程度の認識だったのではないだろうか、と。



国内で戦う選手達が注目されない理由は色々とあるでしょう。
もしかしたらレース数が少ないからかもしれませんし、
もしかしたら世界的に見ると決して強いとは言えないチームが過半数を占めているからかもしれません。
(日本のプロチームが弱いのではないかという考え方に対しては、栗村修氏が『ロードバイクトレーニング2016』の最後に「かりそめのプロ」というタイトルで興味深い論を書かれています)









何故日本のロードレース界は(自転車乗りにすら)注目されないのか



「レース数が少ない」という問題は国内レースの運営団体の問題なので今回は言及せず、
今回は、そこを走る選手と、それを伝える部分にフォーカスを当てたいと思っています。

仮説として、強い選手が少ないことが原因だと考えてみます。
強い選手を確保するには、その競技に魅力(給与や面白さ)があること、そしてそれを周知させることが必要であると考えます。
逆に言えば、人を引き寄せるスポーツは強くなるチャンスがある、ということです。


一つの理想論としてですが、

①今はあまり儲からないスポーツだとしても、ロードレースは面白い!という魅力を発信することが出来ればロードレースをやってみたいと思う若者が増える。
↑↓
②その中から出てきた競技適性を持つ人材がプロロードレーサーとして世界レベルで強くなることで、さらに競技の魅力が上がる。

という正のスパイラルが起こせる可能性はありますし、発展的にはロードレースにお金を集める構造にも繋がるはずです。
(本当はロードレースを始めたばかりの子供からしっかりと段階を踏んで育成できるシステムを構築できていない体制側の問題もありますが、それは別の機会に) 




面白いスポーツには人が集まる→人が集まれば強い人材が出てくる→もっとスポーツが面白くなる→もっと集まる…
 
今のところ、日本のロードレース界はこのスパイラルを上手く回せていないようです。
強い選手はいます。今は新城選手や別府選手がいますし、少し前までは世界で戦える宮澤選手や清水都貴選手がいました。
いや、本当はもっと大勢の選手が世界で戦っていました。今中大介、栗村修、三船雅彦、三浦恭資、福島兄弟…

実際の所、僕は上に挙げた選手の活躍を殆ど知りません。ロードレースという競技を意識し始めたのが2008年でしたが、それ以前の選手についてはwikipedia程度の知識しか持っていないです。
何かのきっかけがあって調べなければ、もっと知らなかったと思います。

彼らの歴史が殆ど伝わってこないのは何故なんだろう、と僕はずっと考えていました。
テレビで面白おかしく解説をしている栗村修さんや今中大介さんの選手時代の話を殆ど知ることが出来ないのは何故なのかと。
そして、日本のロードレースがなぜもっと面白くならないのかと。

知らないスポーツは、面白いと思いづらい。




イギリスで見つけたヒントのようなもの





この夏、イギリスに旅行に行きました。
他国のロードレース事情は当然気になるので、機会があれば自転車雑誌を探すようにしていました。
イギリスでは近年活躍している選手の多さからか、とにかく自転車雑誌がいたるところで売っています。
駅のキオスク的な所でも、10種類ほどの自転車本(ベストカーのような薄い雑誌、バイクラのような月間の雑誌、 ツール・ド・フランスのムック本など)が並んでいます。
その中でとある本を見つけ、ふと自分の疑問の答えに行き当たりました。

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これはロンドンのSt Pancras駅の売店です。
僕の目を惹いたのは、「エディ・メルクス」や「マーク・カヴェンディッシュ」といったタイトルの本。
結構分厚い本です。
これは、1人の選手のキャリアをアマチュア時代から事細かに、関わった人々や本人の様々なインタビューを交えながら、描いている本です。
思わず両方買ってしまいました。
カヴェンディッシュの本をちょっと見てみましょう。 

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さすがイギリス人、気合が入ってます。

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目次はこんな感じ。 カヴェンディッシュのジュニア時代や、彼に影響を与えた過去の選手の話まで載っています。最後にはカヴェンディッシュが乗ってきた自転車達の特集も。
全145ページ。

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T-mobileに在籍していた話など。
チームメイトのインタビューや、彼がどんな選手だったかのストーリーが描かれています。


この本を読めば、一発でカヴェンディッシュについて知ったかぶりできます。
これはとてもとても大事なことです。 

全く知らないスポーツを見始めようと思った時、そこで活躍している選手が一体どんな人なのか、また往年の名選手はどんな人なのか、くらいは知っておきたいですよね。
野球を全く知らない人が今から見始めようと思ったら、王貞治や長嶋茂雄、MLBの有名選手などは調べると思うんです。 
こういった本、手に入りやすく、良く纏められた情報源がそういった媒体となり、結果として新たなロードレースファンにとって参入障壁を下げるものになると考えられます。


ネットに有力な情報が無いマイナースポーツで、いやそうでなくても、歴史を手に取れる形で残す一番簡単な方法は本だと思うのです。
しかもその歴史を記した本は、本人が書くのではなく、第三者がインタビューを基に畫くのがベストです。
本人だけの主観的感想ではなく、当時周りにいた別の選手などの第三者的目線も導入することで厚みがある歴史になるはずです。 

イギリスは既にそれを成し遂げています。流行り選手だけでないのは、エディ・メルクスの本もあることから判ります。
事実、今まで日本で読んだ、エディ・メルクスについて書かれた全ての情報を纏めてもこの本には敵いませんでした。
こういった本を読めば、一年目の初心者ですらロードレースの壮大な歴史を理解して楽しめますし、ツール・ド・フランスの表彰台に出てくるおじいさんが誰なのかも理解できます。

(ロードレースは観戦が面白くなるまで二年はかかる。
選手個人のストーリーは一年見れば判り始める。
いなくなった選手はその当時中継を見ていた人しか知らない。
そんなのはおかしいような気がします。

ここ数年でロードレースを見始めた人はヤン・ウルリッヒ、タイラー・ハミルトン、ミゲル・インデュライン、グレッグ・レモン、ローラン・フィニョン…なんて聞いても殆どピンと来ず、当時見ていた人たちが内輪で懐かしむだけ、なんていうのは馬鹿げています。
そこには絶大な歴史と価値があるのに、使い捨ててしまうなんて。)




次のステップ:ロードレースを"描く"



ここまでは、選手の歴史という縦軸の話です。
ここからは、横軸、そしてその組み合わせの話です。

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選手たちが走るのはレースです。
それぞれのレースに、選手が抱える想いがあります。
これが横軸です。例えばツール・ド・フランス。例えば全日本選手権。

1つのレースに、それぞれの選手がどんな準備をし、どんな想いで臨んだのか。
それぞれの選手の歴史という縦軸と、特定のレースという横軸、それを組み合わせることでロードレースの面白さが100%発揮されるはずなのです。

それを最も分かりやすく、魅力的な形で成し遂げているのは、『弱虫ペダル』です。
一度読んだ方は判るでしょう。
主人公達だけではなく、そのライバルや脇役、彼らの全てがそこには描かれています。

レースを走っている時の思考や感情。
彼らがそのレースまでに賭けてきた人生。
 
そういったものが描かれるから、読者はキャラクターに感情移入できるわけです。
例えば巻島と東堂のヒルクライムシーンだけでも、それらがぎっしり詰まっていますよね。

こういった方法で本物のロードレースを畫くことはとても大変です。
選手たちに片っ端からインタビューしなくてはいけませんし、その割に実入りは少ないかもしれません。



しかし、それを成し遂げたのが佐藤喬氏の『エスケープ』です。


この本の良さを、僕程度の稚拙な文章力で表現しきれるとはまったく思っていません。
ですから、本当は今すぐ全ロード乗りに読んで欲しいと思っていますが、
とりあえずはあらすじを引用させてもらいます。

あらすじ引用
すべてのロードレーサーが渇望するタイトルである全日本選手権。2014年の同大会にも、ナショナルチャンピオンジャージを狙う、多くの有力選手たちが集まっていた。だが、悪天候や選手たちの思惑のズレから、レースは意外な展開を見せる。選手たちの思惑と葛藤を描くスポーツノンフィクション。」


もしかしたら日本のロードレースを、とても面白いスポーツとして描く方法を教えてくれるかもしれない。
この本を手にとってそう思いました。



『エスケープ』の魅力



2014年の全日本選手権をご存知でしょうか。
新城幸也こそ欠場したものの、海外からは別府史之、国内も土井雪広、清水都貴、宮澤崇史、増田成幸など強豪が出揃ったレース。しかし勝者は前年1周目リタイアの那須ブラーゼン、佐野淳哉。
逃げ切りを決め優勝しました。

この大会の様子は各種自転車メディアで記事となりましたが、その殆どが(いつも通り)客観的な内容です。
誰が何キロ地点でアタックした、誰が何処で脱落した、表情が苦しそうだ、などなど。
勿論完走後のインタビュー内容も少しは含まれていますが、それは大枠の感想であったり、決定的瞬間の振り返りであったり。


『エスケープ』では主軸である佐野選手のバックグラウンドから始まり、2014年全日本選手権のスタート前の選手たちの想い、緊張、葛藤を描き、そしてレースが始まってから選手達の思惑がどう絡み合っていったのかが時系列順で克明に描写されます。

例えば、三周目です。
三周目にブリヂストンアンカーはチーム全体でメイン集団のペースアップを図りました。
アンカーは逃げの11人の中に2人も選手を入れていたのにも関わらず、です。
その動きの意味は何だったのか、逃げている方はどう思ったのか。
ネットメディアの記事やインタビューでは全く判りませんでした。

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引用:cyclowired


『エスケープ』では、インタビューを基にきちんと描かれています。
メイン集団にいる清水都貴は、こう考えます。
「…清水にはやはり、自分が勝ちたいという気持ちがあった。清水は半年間を、このレースのために費やしてきたのだった。なんのための犠牲だったのか。最高の状態で臨めた人生最後の全日本選手権で、みすみす逃げ切りを許してしまってよいのだろうか。清水は、せめてこれ以上タイム差が広がらないようにしようと思った。チームのアシストたちに、別府に協調してペースを上げるように指示を出した」(p.79)


一方で、逃げ集団にいる同チームのアシスト、井上和郎は、
「そもそも井上達が逃げているのは、大集団に残るアンカーの選手たちに脚を溜めさせるためだ。チームメイトが大集団をけん引しなければいけないならば、逃げる理由がなくなってしまう。予定通り伊丹と井上の2人で逃げに乗り、やはり予定通り、調子がよい井上は脚を使わずに走っていた。レースはブリヂストンアンカーの作戦通り進んでいるのに、なぜ今、チームが力を使わなければいけないのか。他のチームは何をしているんだと、井上は憤った」(p.80)
と思い、この後に清水都貴を引き上げるために逃げ集団から離脱するべきか悩み続けます。


こんな想いの錯綜がロードレース中に行われていることを、ここまでしっかりと描いた本を僕は知りません。
他にもブリッツェンの増田選手がどういったメンタルで走っていたのか、鈴木真理選手がどういった理由で集団を鬼引きし、その後千切れていったのか、
佐野選手は何を思って逃げたのか、そもそも何故走るのか、

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引用:cyclowired

全てが描かれます。





ここに書いた内容は、勿論ほんの一部です。
この本を読んで、本当にウルッと来てしまいました。
あまりの面白さに、本末転倒な『現実版弱虫ペダル』という言葉が頭を過ぎりましたが、実際の所、 全日本選手権で繰り広げられた戦いと、そこで走る選手たちそれぞれの魅力は、 間違いなく『弱虫ペダル』以上なのです。 そこで走るのは本当の人間で、彼らのそれぞれの人生はフィクションに引けをとらない、もしくはそれを凌駕する魅力を持つのです。

それを現在存在するメディアのほとんどが伝えきれていないことが、もどかしくて、もったいなくてたまりません。
『弱虫ペダル』が沢山のファンを生んだように、世界は勿論、日本のロードレース界ですら、
伝え方を工夫すれば本当に面白いコンテンツになり、子供が目指したいと思うスポーツになれると僕は信じています。










選手個人を知ることで生まれる魅力。
選手達の想いが折り重なることで生まれる魅力。
それらを縦横に織り込むことがロードレースの魅力を伝える方法だと思います。
それを教えてくれた『エスケープ』は、素晴らしい本でした。 

最後に、いくつかネットで読める良記事を紹介します。
『エスケープ』の作者、佐藤 喬氏が栗村 修氏について書いた記事

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自転車の世界にもJリーグを 栗村修の夢


ブリヂストンアンカーがアンカーに関わりのある人々を紹介する

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ANCHOR MEDIA

(浅田 顕氏のインタビューは必見)